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水原一平は何者?大谷翔平の通訳になるきっかけやプロフィールを紹介!

スポーツ
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水原一平さんは、メジャーリーグで活躍している大谷翔平選手のプレーを支える重要な存在となっています。

水原さんは、6歳からアメリカで生活をしているため、流暢に英語を話せるようです。

今回は、水原さんが6歳でアメリカに移住した生い立ちや、あまり多くを明かしていないプライベートについてまとめていきます。

ぜひ、最後までご覧ください。

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水原一平とは?大谷翔平の通訳として活躍する彼のプロフィールを紹介


(出典:読売新聞オンライン)

メジャーリーグのロサンゼルス・ドジャースへの移籍が決まった大谷翔平選手ですが、彼の通訳として知られているのが水原一平さんです。

大谷翔平選手がメジャーに移籍する前は、北海道日本ハムファイターズ所属の通訳として活躍し、当時の指揮官だった栗山監督からの信頼も厚かったようです。

そのため、WBCで侍ジャパンに帯同し、栗山監督と審判団との通訳としても活躍していました。

水原一平さんの侍ジャパンへの帯同は、栗山監督たっての希望だったそうです!

そこで、現在大注目の水原一平さんはどんな人物なのか、詳しく紹介していきます。

水原一平のプロフィールを紹介!野球の経験は?


(出典:Number Web)

水原一平さんは、大谷翔平の通訳として活躍しています。

大谷翔平選手が、アメリカのメジャーリーグで活躍するため、英語が堪能な通訳が必要であり、そこで水原一平さんが抜擢されました。

また、水原さんは、通訳以外にも運転手やキャッチボールの相手など、公私にわたり大谷選手をサポートしています。

ちなみに水原さんには野球の経験は、ないようです。

名前:水原 一平(みずはら いっぺい)
生年月日:19841231日(39歳)※2024年2月現在
身長:186cm
出身:北海道苫小牧市
所属:MLBロサンゼルス・ドジャース 大谷翔平の専属通訳
学歴:カリフォルニア大学リバーサイド校卒

水原一平さんは、大学卒業後に日系の企業で働いていたこともありますが、ドジャースの野茂投手の活躍を見て、MLBに興味を持ったようです。

そして、野球選手の通訳を目指したという水原さんは、2012年2月には岡島秀樹選手の専属通訳としてニューヨーク・ヤンキースに採用されました。

ところが、岡島選手が仮契約中に行われたフィジカルチェックにて、左肩に異常が見つかったとしてパスできず契約解除となり、水原さんの契約も解除されました。

その後、日本のプロ野球チームの日本ハムファイターズが通訳を募集してることを知り、30倍の競争率のなか、見事抜擢されて、球団に在籍する外国人選手の生活全般の面倒をみることになりました。

水原さんの北海道の実家は、日本ハムの球場からすぐのところなんだとか!縁を感じますね。

そして日本ハムで大谷翔平選手と出会った水原さんは、彼がエンゼルに移籍することに伴い、専属通訳としてアメリカに戻ることになったのです。

水原一平の生い立ちについて


(出典:NHKニュース)

水原一平さんは北海道苫小牧市に生まれました。

水原さんが6歳の頃、和食料理人の父親がアメリカ・ロサンゼルスで板前さんとして働くために、家族揃ってアメリカに移住しました。

その後ずっとアメリカで生活しているため、ネイティブに英語を話すことができるのです。

水原さんの両親は現在もロサンゼルス在住で、自宅はエンゼルスタジアムから車で15分程度の場所に住んでいるそうです。

そして、父親は現在も日本料理店のシェフとして、腕をふるっているようです。

日本ハムがアリゾナ州でキャンプをした際に、水原さんの父親は4年間に渡りチームの食事をサポートをしていましたね!

水原一平さんは学生時代にバスケットボールとサッカー部に所属していて、野球の経験はないようです。

そして、大学生の頃に、ロサンゼルス・ドジャーズで大活躍していた野茂英雄投手を見て、メジャーリーグに興味を持つようになりました。

大学卒業後はアメリカの日系企業に就職しますがすぐに退職し、その後、知人の紹介で当時ヤンキースと契約したばかりの岡島秀樹選手の通訳をすることになりました。

しかし、岡島秀樹選手と契約をしてから間もなくして岡島秀樹選手は故障により、契約を解除されてしまいます。

それに伴い、水原一平さんも通訳を解雇されてしまったのです。

その頃、テキサス・レンジャーズでトレーナーをしていた中垣征一郎さんから、「日本ハムファイターズで通訳を探している」と紹介され、すぐに応募して、見事合格しました。

水原一平さんは2012年に日本ハムの通訳として、約20年ぶりに日本に戻ることになりました!

水原一平さんは外国人選手の通訳として活動し、球場の中だけでなく「連絡があったらすぐに駆け付ける」と伝えていたそうです。

私生活でも外国人選手の生活をサポートし、信頼関係を積み上げていったようです。

水原一平の役割や仕事内容について!一時球団を退団も?


(出典:スポーツ報知)

大谷翔平選手のそばには、常に水原一平さんがいます。

水原さんは、通訳としてだけでなく、自動車の運転から、試合前のキャッチボール、試合中にはタブレットを手に、相手選手のデータや攻略ポイントを伝えています。

要するに、マネジャーとして大谷選手をサポートしています。

大谷選手は、今でこそ、エンゼルスのチームメートの間でも一目置かれる存在となりましたが、最初から溶け込めたわけではありません。

言葉の壁に苦しむ大谷選手の姿を見た水原さんは、エンゼルスの選手で流行っていたゲームを覚えて大谷選手に教え、自然に大谷選手が、選手たちの間に入れるようにしたというエピソードもあります。

水原さんの献身的なサポートが讃えられ、球団から「最優秀通訳」として表彰されました!

球団と雇用関係にありながら、実質大谷選手のマネジャー的な役割までこなす水原さんが最も苦しんだのは、2021年から2022年春にかけて続いた労使交渉でした。

ロックアウトの期間中は選手と球団職員の接触を禁じられているため、そこで取った苦渋の選択は、

球団を一時退職し、あくまで、大谷選手サイドでサポートを続けていくというものでした。

今は再び球団職員に戻りましたが、誰でもそのような決断はできるものではなく、そんな大谷選手一筋の仕事ぶりが評価されて、今では多くの「一平ファン」が存在するほど。

大谷選手は「自分が最も感謝するのは一平さん」と語っていますね!

乱闘から大谷選手を守った


(出典:読売新聞オンライン)

2022年6月26日のマリナーズ戦のこと。

エンゼルスの先発ワンツ選手がマリナーズの4番ウィンカー選手に死球を与えたのをきっかけに、

両軍選手が乱闘となり、試合は18分間中断の末、両チーム合わせて8人が退場処分となりました。

メジャーリーグにはいくつかの決まりがあり、相手に死球をぶつけられそうになったら、報復は当たり前で、

さらに乱闘となれば全員参加も絶対条件で、外野の後方にあるブルペンからでも選手は駆けつけなければなりません。

大谷選手にとっては初参戦となった大乱闘でしたが、輪の後方で止めに入る大谷選手よりも話題を集めたのが水原一平さんでした。

スーパースター大谷選手にもしもの事があったらと、かばう必死に大谷選手をかばう姿がとても印象的でした!

水原一平がWBC入りした理由4選


(出典:毎日新聞)

WBCで侍ジャパンが活躍していたなか、大谷選手の隣には水原一平さんの姿を見かけました。

大谷選手、日本語を忘れてしまったの?と困惑する人もいたようですが、実は水原一平さんには、WBC参加の理由が4選あります。

それでは、1つずつ見ていきます。

理由① ラーズ・ヌートバーの通訳


(出典:Number Web)

第5回WBCでは、初の日系人の侍ジャパンとなったラーズ・ヌートバー選手。

ヌートバー選手は母親が日本人ですが、日本で生活したことがなく、日本語が話せません。

そのため、練習の流れを説明したり、コーチとの会話の間に入ったりと、きめ細やかな気配りを見せています。

ヌートバーが侍ジャパンに選出されたきっかけは水原一平さん?

母親が日本人で、子供の頃から侍ジャパン入りを夢見ていたヌートバー選手。

前例がないため、「諦めるしかないのか」と思っていたところ、ヌートーバー選手のもとに水原一平さんからインスタのDMが届いたそうです。

そこに書いてあったのは、「日本代表に興味はあるか?」というメッセージ。

ヌートバー選手はすぐに「必要な書類があるなら何でも書いてすぐに送るよ」と答えたそうです。

そこから、ヌートバー選手の気持ちが栗山監督にもとどき、代表入りが実現しました。

水原さんのDMがきっかけで、ヌートバー選手の夢が叶ったのですね!

理由② 栗山監督と審判団の通訳


(出典:河北新報)

栗山英樹監督が選手交代したり、抗議したりするときの通訳も、水原一平さんがWBC入りに選ばれた理由の1つです。

WBCでは審判員も外国人のため、水原一平さんが栗山監督をサポートして、審判員との間で通訳を務める場面も出てきます。

水原さんは2013年から2018年まで、日本ハムの外国人選手の通訳として活躍し、その当時の指揮官だった栗山監督のたっての希望もあり、今回の代表チーム同行が実現したそうです。

今回のWBCでも外国人の審判員を相手に、水原さんが栗山監督をサポートする様子が映し出されていましたね!

また、過去4大会では、マネージャーとしてチームを支えたNPBの職員の中村匡佑さんが流暢な語学力を生かして通訳を兼任していました。

そして第一回での「世紀の大誤審」と言われる場面で、当時の王貞治監督がすかさずベンチから飛び出し、珍しく猛抗議した時に、間に入って通訳したのが中村さんです。

監督が言おうとしている細かいニュアンスまでも、正しく伝える通訳の存在は、とても大事なのですね!

理由③ 情報網も日本代表の戦力


(出典:スポニチ)

今回の侍ジャパンは、相手チームの情報分析を民間企業のアナリストが担当しています。

前回大会までとは違い、ベンチ入りする代表専属のスコアラーが不在となるため、現場では城石コーチや白井一幸ヘッドコーチがアナリストが作った資料をもとに指示を出すことになっています。

攻撃の場面での相手投手の攻略法だけでなく、守備の場面でも相手打者の打球の方向や癖などの情報は重要になります。

シーズン中はiPadなどを駆使して大谷選手に対戦相手の情報を共有するなど、水原さんは多くのメジャー選手を知っているのです。

そんな局面で頼りになるのが、メジャー選手の特徴を知り尽くした水原一平さんの情報網です。

日本選手は、海外選手との対戦経験がなく情報も少ないため、メジャー選手に精通している水原一平さんの存在は、栗山監督や侍ジャパンにとっても心強いでしょう!

理由④ 大谷翔平のサポート


(出典:朝日新聞デジタル)

水原一平さんは、大谷翔平選手を公私にわたってサポートしていることで知られています。

そのため、WBCにおいても大谷選手を献身的にサポートすることも、彼の重要な任務になりました。

水原一平さんは、大谷翔平選手と一緒に3月1日にプライベートジェットで羽田空港に到着し、

3月3日には、やはり大谷選手とプライベートジェットに同乗して県営名古屋空港へと移動して、侍ジャパンに合流しました。

大谷選手を支える水原さんは、WBCでの彼の活躍にも欠かせない存在になっていたようです。

3月5日夜に大阪市内の焼肉店で行われた選手30人が全員揃った決起集会の席にも、その一員として水原さんは参加していましたね!

水原一平は大谷翔平を公私にわたりサポートしている重要な存在

今回は、大谷選手の専属通訳として活躍する水原一平さんについて紹介してきました。

  • 和食料理人の父親がロサンゼルスで板前として働くため、6歳の頃家族で移住した
  • ヤンキースと契約したばかりの岡島秀樹選手の通訳をしていた時期もあるが、すぐに解雇された
  • 日本ハムで外国人選手の通訳兼私生活のサポートも行っていた
  • 大谷選手がエンゼルスに移籍すると同時に専属通訳として公私にわたりサポートをしている
  • WBCでも水原さんの業務は多岐に渡り、彼の存在は重要である

ということで説明してきました。

常にスーパースターの身近にいて、他の選手の何倍も努力している大谷選手を知っている水原一平さん。

きっとこれからも大谷翔平選手と二人三脚で、さらなる大きな夢を掴んでいくのでしょうね!

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